君がいるから

大卒アイドルと備忘録をひたすら

なぜ、私はジャニーズの沼にハマったのか??

5月だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

あっという間にGWも終わってしまいます…

 

今回は、ジャニーズにハマったきっかけとは何か?

思い出してみたいと思います。完全なる記憶取り戻しツールとして使用している…

 

私が初めてジャニーズを知ったのは、おそらくタッキーだったはず。

 

やっぱり当時からタッキーはキラキラでとにかく格好良かったという印象。そしてタッキーのドラマがすごく盛んに放送されていた。木曜の怪談から始まり、魔女の条件*1ストロベリー・オンザ・ショートケーキ*2もほぼほぼ見ていた。しかし残念ながら幼かったので、内容を鮮明には覚えていないものの、ほんとにタッキーのドラマが大好きだった。

 

 

 

 

また、8時だJ(1999年)が放送していて毎週欠かさず見ていた。二宮くんがやる気なくてヒロミさんに喝を入れられていたり、おひょいさん*3が毎回「生きててよかったー」と言っているという一部分の記憶の断片があるんですよね。

おそらくこの時期にそろっていたジュニアが「黄金期」と呼ばれていて、今考えるとジュニアでゴールデン番組を放送していたことってホントにすごいことで…。確かにジュニアとしての地位を確固たるものにしていてコンサートもできるし番組もあるし、もうデビューしなくてもすごかったような。「東のタッキー 西のすばる」という言葉を実際知るのは何年も経ってからなんですが、タッキーとすばるの人気が二分していた気がする。(私はタッキー、友達がすばる好きだった…)

 

 

またそのころの記憶があるのか「明日に向かって*4」と「Can do! Can go! 」*5は聞くだけで泣きそうになる…歳取ってきたかな

 

そこから、怒涛の”第1次櫻井翔好き好き期”がやってくる。まず、嵐の1st single「A・RA・SHI」をお年玉で買った。顔が好きという典型的な理由で、翔くんが出ているテレビを見るようになった。嵐の存在は知ってはいるが、当時の私には翔くんしか見えていなかった(超目が節穴だったね…)。

しかし、まだ彼らはテレビに毎日のように出れるわけもないので、学校へ行こうのV6兄さんであったり、鉄腕DASHTOKIO兄さんが学校では人気者だったし、学校へ行こう発のあのゲーム(

みのりかリズム4 - Wikipedia

))を毎日やってげらげら笑っていた。

 

そんななか、翔くんは2002年に木更津キャッツアイに出る。ほんとに当時かっこよくて毎日翔くんと結婚したいって友達に言っていた。今見るとなぜか感想はかわいいに変わる。バンビ、まじバンビっぽいよ翔くん…

 

 

結局ジャニーズ事務所沼にハマるきっかけはKAT-TUNだった。完全なるごくせんの仁亀の影響。一生新規と言われるこの世代(笑)よく考えれば、まだデビュー前だったのにすごい人気だった…当時の少クラとかほんとに第二の黄金時代(第一は8Jね)といえる。ウタワラもお潤目的ではなく、KAT-TUN目的で見ていた…赤西と松潤の口喧嘩が大好きだったそんな中学時代だった。


そこから高校であらしに目覚め、いままで生きてきている!たぶん幸せ!!


こんな記憶がまだまだたくさんあるんだけどこれ全部書ききれないということに気がついた(遅い)

やっぱり総合して考えると、タッキーがいなければ彼らのテレビ見てなかったかなと思う…滝沢様様なのかもしれない…

*1:

魔女の条件 - Wikipedia

*2:

ストロベリー・オンザ・ショートケーキ - Wikipedia

*3:藤村 俊二さんのあだ名

*4:嵐1st single「A・RA・SHI」のカップリング

*5:V6の2ndミニアルバム『SUPER HEROES』(スーパー・ヒーローズ)の1曲